天国への誘い    
地獄の淵から天国へ



 

ここでは、地獄の淵で首を吊られ、苦しみに喘いでいた魂を天国の入り口まで引き上げた。

その時の魂の苦悩と喜びを記す。

果たして魂はナニを喋るのか?

私の中に呼び込んだ魂の真実の叫びである。

地獄の苦しみと天国の世界に付いての一問一答。

先ず、喜びの声を記させて頂く。

天国の入り口まで昇華させた魂は、前世の悪行が祟り地獄の淵に首を吊られぶら下げられていた。

その、漆黒の闇で苦悶に喘ぐ魂を引き上げたのだ。


突然の急上昇に

「ウ、ウウーーッ、ウーーーーッ、ウワー、ア、アーーーーーッ、ア、アアーーーーwwwwwwwwww」

と、思わず声を張り上げる。

がそれも直ぐに治まり・・・。

「あ、あああっ、あ、あああっ、ここ、怖い!あ、ああっ、ここ、コワイ!!コワーーイ」

まだ地獄にいると錯覚しているのか?

「怖くないのじゃ!目を開けてみよ」

「あ、ああっ、メオ、メオ、、、、、」

「目を開けてみよ!」

「アアッ、メヲメオ、メヲ!めめめめ、メオ、メオ、ああっ、コワイ!コワイ!まだなんか!ダレカ、ダレカ、ダレカウシロニ・・・....」

まだ、ダレカが後ろにおる、と思い込んでいる。

「後ろには誰もいないのじゃ、後ろを触ってみるがいい。首の縄をみてみよ。もう縄もないだろう」

地獄に落とされると首に縄をかけられ両手は後ろで縛られぶら下げられる。

「ああっ、首が、あっ、本当に無い?あらっ?あらっ、ここは何かえらい明るい?アカルイ!」

やっと薄目を開け周りを視た。

「もう、目は開けられるか?目を開けてみよ」

「め、メ?うわーっ、マブシイーー!!眩しくて目を開けられない。目は開けられません」

「お前の名前はなんと云うのだ」

「わわ、私の名前はオチタ聖子(仮名)でございます」

「お前はオチタ聖子か」

「オチタ聖子でございます」

「今まで、お前はどこに居たのだ」

「いい、いままで?・・・今まで、もう背中を後ろに引っ張られ、首には何か巻きつけられ、ああ、足にはヒルが」

足にヒルが、と云うことは多分、血の海地獄であろう。

血の海地獄にはヒルが沢山いるからだ。

その地獄につま先がつくかつかない程度でぶら下げられていたのだ。

ダレカが後ろに引っ張るとは化け物の事だ。

この地獄の淵には色んな化け物が無数に屯している。

「今はどうだ」

「いや、今、イマ、それがなんか、ここはえらい明るいところで、何にもないような感じがして、あらっ、ここは、あらっ、に・お・い????うわっー、何か」

天国の入り口には人間界では想像もできない綺麗なお花が辺り一面に咲き乱れている。

そのお花の匂いが鼻を掠めたのだ。

「目を少し開けてみよ」

「目を少し?少し、あらっ、うわっ!わわ、マブシイーー!め、目がイタイ!!メガ」

「そうか、では慌てなくても良い。もう後ろには何もないから安心して、ゆっくりで良いから目を開けてみるがいい、首にも、何も付いていない、手も自由に動くから、目を触ってみるがいい」

「えっ!あらっ、あらっ、ほんと、ああっ、手が、手が?自由になっている」

「そうだ、もう自由になったのだ。だから目をこすって良くみよ」

「めを?あらっ、あらっ、メヲ、目を開けても良いんですかねー」

「そうだ、目を開けても大丈夫だ。周りは明るいだろう」

「うわっ!うっわーー、何これ!わ、わたし、夢を視ているんですかね〜〜」

「夢ではないのじゃ。そこには何があるのか話してみるがいい」

「いや、や、なな、何もかにも、うわーっ、キレ〜イ!!ナンカ、かか、輝いている、周りが?うわーっ!あっここ、何この草は?草に何か水がいっぱい付いてキラキラ、その水が、一つ一つの水が皆輝いている!うわーっ、きれーーい!匂いが、この匂いは何、これ、わたし初めて、こんな綺麗な匂いを嗅ぐのは、ここ、こんな匂いが、こんな匂いが世の中にあるのか?はは、初めて、ああーっ、綺麗!うわーっ」

「良く目を開けて周りをみるがいい」

「わわ、分かりました。目を、目を、うわーっ、ま、マブシイー!だけど眩しいけど、あらっ、あそこ、むこーには何か湖のような溜りがあって、ヒ、ヒカッテいる。みんなヒカッテイル?うっわーー、うわーっ、き、キレーイ!うわーーっ、綺麗!・・・・」

「そこに何があるのか口に出して喋ってみよ」

「なな、なにがある、ち、もう、ああっ、?、こんなの視たことがないから、まま、まるで絵の中か、映画?エイガの中でもこんな綺麗な場面は無い!うわーっ、ワタシどうしてこんな?わわ、私夢ですか?」

「それは夢ではないのだ。そこは天国なのじゃ」

「てて、テンゴクでございますか?て、天国?わわ、私、悪い夢をみている?わわ、私今まで、あんな真っ暗な闇で化け物にとり憑かれているから、ああ、アタマガ可笑しくなった?ああっ、こんなことはない、こんな事はない、ああ、オカア〜サ〜ン、オト〜サ〜ン、お母さんか、お父さんにでも助けてもらわないと!」

「お前はもう助かっているのに、何をお母さんやお父さんに頼むのだ」

「わ、私、もうこんなところに居たら・・・目を開けなくて、もうここにじーっと座って目が覚めなければ、わ、私、こんないいところに、夢が覚めたら怖いから、めを、目を閉じて周りを視ないように」

「おい、もう何も心配しなくてもいいのだ。今視ているものは夢ではない。お前のご両親がお前を天国に導いてほしいと願って来たから、それを叶えてあげたのだ。よいか、我は神じゃ、神の元に縋ってきたのじゃ」

「うう、私、お父さんとお母さんが、じゃ私、さっき、さっきあのう、闇夜の中で聞いていたのは本当の事で?ざいますか?」

「そうじゃ、全て本当の事じゃ」

「ささ、さようで、本当に私、夢じゃないのですか、お父さんとお母さんが此処に上げてくれと頼まれて私は、上がってきたのですか?」

「そうじゃ、お前のご両親がお前の事を頼みに来たからじゃ、だからもう安心しても良いのだ。生涯そこに棲む事になるのじゃ」

「ああっ、私、じゃ目を開けてみます。メ・・・・を、目を開けていいのですか?本当に」

「嘘ではない。目を開けても目が醒めることはない」

「わわ、分かりました・・・ああっ、ほんと全然違う、さっき視たのと全く一緒、ああっ、あっこに何かキンキラキンの、キンキラキンのウマが、馬が、あっ、あの馬は何?あれっ、うう、ウマに羽が生えている、うう、嘘でしょう私?ああっ、私、子供の頃馬が空を飛ぶのを、なんか絵本でみたけど、ほ、本当の世界、これは?うう、ウソでしょー、う、うーまが、馬が、キンキラキンの馬が、は、羽が生えている・・・うわーっ、そそソラ、空をあああっ、うう、ウソみたい?うわっ、あっこにも、あっこにも、鳥が、トリが、鳥がみんなヒカッテいる!えーっ、す、凄い!」

「そんなに遠くを見らずにもっと足元をみてみろ」

「あ、アシモト?あ、足元、うわっ!!ああ、足元は何か?キレイな小さな花がいっぱい、うわーっ、綺麗なお花がいっぱい、いっぱいお花が散らばっている。わっ!む、向こうの方になんか、男の方と女の方が手を繋いで、わっ、皆でなんかダンス、ダンスをやっている。うわーっ!皆お金持ちのお嬢様と、その旦那様のような方が、皆ニコニコして、うわーっ、あのお花の中を、皆手を繋いで回って、ダ、ダンスをしている・・・うわーっ、何か凄ーい!ああ、あっちの方にはなんか、みみ、皆様がなんか、まあるいテーブルのところに、うわっ!テーブルと云っても、うわーっ、大きなテーブルで、うわっ、みなさんが何か果物かなんか食べている、あんな果物視たことが無い。すす、スゴーイ匂い!うわーっ、うわーっ、ああ、あっちは何か、キンキラキンのお屋敷が、キンキラキンのお屋敷があります。」

「そうじゃ、そのお屋敷が天国の証じゃ、天国の入り口なのだ。お前は天国の入り口に立っているのだ」

「ああっ、あそこが天国?」

「そうだ。そこを入ると天国なのじゃ」

「う、うわーっ、スゴーイここは!きき、綺麗!」

「そこはそんなに綺麗なのか」

「き、綺麗!ああ、私、ちょっと、ちょっと、私ここを散歩しても大丈夫ですか?もう、めが、目が****・・・・下......に落ちる事はもうないのですか?」

「そうじゃ、もう下に落ちる事はないのじゃ、その代り二度とご両親を裏切ることのないように」

「ああ、分かりました、では私ちょっと、ちょっと、ああっ、歩いてきます・・・」



・・・・如何でしたか、天国の入り口は。

これは地獄の淵に落とされている魂を私の中に呼び込み、地獄の淵とは如何なるものか?

天国の入り口とは、を私の口を使って魂に喋らせた時の一部を記載したものである。

天国や地獄と云った、この世とは、別次元の世界は、人間の心(意識)の中にある、と想われても間違いはない。

なぜ、心の中と云えるのか?

それは、前世の因縁である、怨霊や悪霊と云われる霊に憑依されると、精神的な不安や何とも言い表し難い恐怖、とありとあらゆる悩みに襲われるからである。(精神的な不安や恐怖は心のありよう)

ここで憑依につい誤解をされている方にご説明をすると、憑依とは体に 憑く事を云うのではなく、魂に憑く事を云うのである。

魂、即ち心なのだ。

要するに、霊に憑依されると云う事は精神、意識を征服されてしまうと云う事なのである。

たとえば、自分の心、所謂、自分が考え、試行錯誤して、やっと決定した重要な案件が、なんと、あろう事か他人である前世の因縁、怨霊の考えた事だった、などと云う事もありえるのである。

怨霊と云われる怨念は、前世で酷い仕打ちを受け、殺された仕返しとして、心に棲みつき思考回路をマイナスの状態に貶め、最終的に破滅に導くのである。

心に棲みつくとは、魂に憑依する事と同意語。

苦悩とは魂の苦しむ様。

魂、言い換えれば心のありようとも云える。

故に霊界、天国、地獄は心の中に広がる世界と云えるのである。

厳密に云えば次元の違う世界と云えるのだが、分かり易く云えば心の中と云わざるを得ない。

魂が地獄の淵に落とされると言いようのない恐怖、不安に襲われるからである。

また、魂が疲れれば体も疲れる、魂が病めば心も病む、魂の体に異変が生じれば人間界の肉体にも異変が起きる、と云うように魂と体は常に一体である、と同時に連動しているのである。

では、魂が天国の入り口まで、本当に昇る事など出来るのか?

と云えば、それは人間が独自で天国の入り口に昇る事などは不可能と云える。

私は、天界より降臨した宇宙最高の神であるから、魂を天国に昇らせる事も地獄に落す事も容易く出来るのである。

では、天国の入り口まで魂が昇るとどうなるのか?

と云えば、一言で云えば心の有り様が変わる、と云う事である。

心の有り様とは、魂が地獄の淵に落ちれば、何故か、何時も胸騒ぎがし落ち着けない。

しかも、ほんの些細な出来事でも動揺し、不安や恐怖に怯える事となる。

反対に、魂が天国の入り口まで昇ると云う事は、此れまで感じていた不安や恐怖が消え、安らぎえと変わる。

更に、平穏、優越感、ワクワクするような弾む躍動感、溢れる笑顔、と。

まるで、春の陽だまりの下で惰眠を貪っているような錯覚にまで陥る程の幸福感に包まれる。

上記に記している感じ方は、多少、個人個人で相違が出るだろうが、一度でも天国の入り口まで昇った方々は、二度と下には降りたくないと云う。

それ程、心の持ちようが変わるのである。

此れまで、天国の入り口まで昇らせた方は、まだ15名にも満たない。

この10数名の内、前世で多数の人々を殺戮し地獄の淵に吊るされていたのが7名。

また、天国の入り口まで昇華させる魂は地獄の淵に落とされているもの、と限定していたが、今回からは、その箍(たが)を外し一般の方の魂も天国の入り口まで昇らせる事になった。

そこで、此れまで一生懸命に働いてご心労の多かった方、ここらで心の安らぎ、安穏をお求めになりませんか、如何でしょう?

天国の入り口まで魂を昇華させてみては。

それは、それは心の平穏、穏やかな人生を送ることが可能になりますよ。

更に、天国の入り口に入ると云う事は、死後、そのまま天国に直行すると云う事でもある。

となると、当然、食の心配をする事もなくなるし、お子さんやお孫さん、惹いては子孫のお世話を受ける事も、お墓も必要がなくなる。

と良い事づくめなのである。

そのうえ、輪廻転生もなくなり永遠の幸せを得た事にもなる。

なぜ、お墓まで必要がなくなるのか?

と云えば人間界に降りる事がなくなるからである。

降りる事がなくなると云うよりも、天国と人間界では空気がまるで違うため、一度でも天国の空気に触れると人間界の重苦しい空気が合わなくなり、しいては降りたくなくなる、と云う訳だ。

それ程、天国の空気は澄み渡り綺麗だと云う事なのだ。

”えっ、死後も息をするのですか?”

とご不信がられると思うが、死は次の生の始まりであって終わりではないからだ。

怨霊は”此方でも、そちらと同じように生きているのですよ”と、更に小便までする、と云うのだ。

此れこそ信じられないであろうが、これも怨霊の喋った事実なのである。

究極の極楽、天国の入り口まで昇華する、ましてや天国に入るなどと云う事は夢物語の世界、そんなとんでもない話は!とお思いの方、そうではない。

前述の記載でもお分かりのように、私は実際に地獄の淵から天国の入り口まで魂を救済している。

この人間界で魂を天国の入り口まで昇華させる事の出来る唯一の人間なのだ。

私の主宰する、心霊なんでも相談室には、どこに行っても解決できない苦悩を抱えた方が多数お見えになられる。

その方々の中には、魂が地獄の淵に落とされ喘いでいる方も多数いる。

なぜ、地獄の淵に落とされている、等と云う事が分かるのか?

と云えば、それは、ご相談者の魂を私の中に呼び込み直接、魂とお話が出来るからである。

地獄があれば天国がある、とこれは自然の摂理なのだ。

更に、魂が天国の入り口に入ると云う事は、悪霊等、下等な霊との遭遇もなくなる。

即ち突然憑依され霊症に悩まされると云う事もなくなると云う事だ。

霊症による病は命に関わる重病に進行する恐れも多々あると云える。


inserted by FC2 system  
トップページ